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2006/09/29

映画王モリコラム:グエムル漢江の怪物

「グエムル 漢江の怪物」(2006/韓国)ボン・ジュノ監督の前作「殺人の追憶」は以前このコラムでも紹介させて頂いたが韓国映画の枠を飛び越えた社会派ミステリーサスペンスの大傑作で、私は一昨年の外国映画の年間のベストワンに挙げさせて頂いた。その彼の新作が何と怪獣映画と聞いてびっくりしたのだが、さすがこの監督、従来のこの手のジャンル映画とは違う肌触りをもった作品に仕上がっていて、まさにしてやったりという会心の作品に仕上がっている。まず、いきなり怪獣が登場するシーンには驚かされた。通常この手のパターンは前半なかなか怪物は正体を現さず・・・というのがお決まりのパターンだろうが、冒頭から、しかも白昼堂々とその全貌を現し、出し惜しみなく河川敷で楽しんでいた人々容赦なく襲っていく。その光景を横移動しながらパニックに陥る群集を捉えたカメラワークが見事で、その臨場感に引き込まれていく。そしてその後物語はその襲来で娘を怪物にさらわれた家族が彼女を取り戻そうとするのだが、ここでも従来なら政府の科学者なり軍隊なり登場し、怪物退治対策を・・・というパターンになるのだがこの映画はそうはならない。よって軍隊VS 怪物の攻防戦が描かれ一大スペクタクルが最も見せ場になる展開になってもいいのに、その辺りのパターンをこの映画はあえて外しまくる。それどころか国民の味方であるはずの政府や軍隊が、逆に家族の娘を救う行為の阻害要因として描かれ、むしろこの家族にとって本当の脅威は怪物ではなく国家ではないのかと感じてしまう。その辺りの描写は実に興味深い。そこに現在の韓国社会の抱える様々な問題に対する暗喩や皮肉を感じたりする。そうなると怪物が象徴するものとは・・・とつい深読みしてみたくなるあたりこの作品の奥深いところである。一見怪獣映画を装いながら、それだけには留まらない一筋縄ではいかない作品、さすがこの監督、かなりの曲者である。

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